自由という名の特効薬

アラサーオタクのうつ病回復雑記。

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私がうつになった理由

まともな自己紹介をしたことがなかったので、ぼちぼち読者さんも来てくださっている事だし改めてさせていただく。

 

ハンドルネームを草薙真緒という。HNの由来はおいおい語る。

アラサーでオタクなうつ病患者である。

 

 

いつ”うつ”と診断されたのか

大学を出て私は公務員になろうと思っていた。地元が好きだったので地元で働きたかったが、田舎だったので選り好みできるようなところもなく、それなら安定した仕事を、と公務員を選んだ。

しかし正職員にはなれず、臨時的任用職員として応募し、地元に戻った。

働いたのは確か5年ほどだと思う。

うつになってから時間の感覚があやふやで、正確な時期がわからない。

診断されたのは、2016年の2月だったことは覚えている。

ただ、あくまでも「診断」されたのが2016年の2月で、おかしい症状はその前から出ていた。

 

”うつ”と診断されるまで

私はもともと自律神経失調症だった。

小児科には「大人になったら治る」と言われ特に何もしてもらえず、それを信じていたが、マシになった程度で完治はしていなかった。

この時点で、自分は普通の大人にはなれない、という不安があった。

 

変化があったのは2015年の秋頃。

偏頭痛がいつもより酷くなった。薬に慣れて効きにくくなったのだろう、程度に思っていた。

しかし日に日に頻度が増していく。

これはおかしい、と思い始めた頃、だんだんと食欲がなくなっていた。

私は元々痩せ型で、食べてもあまり太らない体質だった。しかし食べるのは好きで、見た目のわりによく食べる、と周りから言われていた。

しかし、食べられない。

いつもと同じ量なのに、胃袋は満腹だと反応していた。

それからお腹も空かなくなっていった。

空腹感がないのである。半人前ほどで、満腹になってしまい、それ以上食べられなかった。

おかしいと思いつつも、まだ病院には行かなかった。

 

ある日、ふと体重計に乗った。体重は40㎏を切っていた。

身長は162cmで一般女性より少し高い。BMIの適正体重は57kg。それよりマイナス20も軽かった。

体重の値を目にしたことで、これはやばい、と脳が警鐘を鳴らした。

次の日、即病院に行った。

 

行ったのはかかりつけの内科だった。

おかしいのは内臓だと思っていたからだ。

内科では食欲が増進するという薬をもらい、念のため血液検査をして、そのときは終わった。

 

きっと胃か腸に何かできているとか、そんなのだろう、と思っていた。

 

しかし、血液検査の結果がでるまでの間のある日の朝、起きると動悸がした。

心臓がバクバクいっていて苦しい。体がだるい。重い。

なんとか仕事に行く。しかし集中できない。ぼーっとしてしまう。

そんな日が続いた。でも大丈夫だ、と思っていた。

こんな症状まで出てるんだから、体のどこかおかしいに違いない、血液検査の結果が出れば治療できる、そうしたら治る、だから大丈夫だ。そう思っていた。

 

そして結果を聞きに病院へ行った日。

 

「検査結果は、異常ありません」

 

気づいたら泣いていた。

 

その言葉に泣いていた。何も異常がないなんておかしい、こんなに苦しいのに、なんで。

結果が出れば全てわかると、全て原因がわかってちゃんと治ると思っていたのに、そうではなかったことにショックを受けた。

 

自分でも驚いていた。泣くほどショックだったとは。

 

医師もいきなり私がいきなり泣き出したことによりこれはおかしいと思ったのだろう。簡単な問診をうけ、そこでうつの可能性があることを宣告された。

これが2月の出来事である。

 

仕事を辞めるまで

田舎だったため精神科や心療内科は離れたところにしかなく、内科でもうつの薬は出せるとのこと、またかかりつけ医だったため相談しやすかったので、そのまま内科に通院することにした。

薬を飲むと食欲は一応戻ってきて、食べられるようになった。

 

しかし今度は寝付けなくなった。

元々寝付きは悪い方だったのだが、本当に眠れない。

眠れないと不安で仕方なかった。明日の仕事に響いてしまう。周りに迷惑をかけてしまう。

年度末で契約は切れる。とりあえず3月末までは頑張ろう。

そう思って病院に行き、睡眠薬をもらった。

 

眠れるようにはなった。なったのだが。

 

ある日起きたとき、体が職場へ行くことを拒否していた。

 

全身が重い。だるい。動けない。

 

なんとかベッドから這い出してとりあえずトイレに行く。

落ち着け、と自分に言い聞かせる。

でもダメだった。

洗面所でうずくまって動けなくなってしまい、なかなか朝食を食べに来ない母に声をかけられた。

母もさすがにおかしいと思ったのだろう、上司に相談して休むよう言ってくれた。

 

その後の対応は早かった。

年度末で私の契約は切れるので、後は残った有給と病休扱いにするから休んでいい、と上司は言ってくれた。

 

事実上、その日退職したようなものだった。

 

仕事を辞めてから

仕事に行かなくて良くなると、動悸は収まった。

なんだ、大丈夫じゃないか。そう思い、好きな事をして過ごしていた。

でも相変わらず夜は寝付けなかった。

 

4月になり書類上も退職となったことで、ハローワーク雇用保険の手続きをしに行った。

しかしすぐ仕事を探すのは不安だった。

とりあえず雇用保険が切れるまでは、と思い3ヶ月は休むことにした。

 

7月になると本格的に就職活動をした。

運良くすぐ決まり、正社員として働くことになった。

 

でも、私の体はまだだめだったのだ。

 

おかしい。昔のように集中できない。覚えられない。

それでもなんとか仕事をこなしていたが、1ヶ月経ったとき、またそれはやってきた。

 

動悸と体の重さ。だるさ。動けない。

 

とりあえずその日は休んだ。

それから休みがちになり、これではいけない、と思い社長に相談した。

社長は良い人で、それなら、慣れるまでパートとして時間を短縮して働いてはどうか、と言ってくれた。

それならできそうだ、と思いそれからパートとして短時間で働くことになった。

 

なったのだが。

 

無理なものは無理だったらしい。完全に体がいう事を聞かなくなった。

朝起きられない。夜眠れない。食欲がわかない。

 

結局、パートになってから1ヶ月で辞めることになった。

 

症状の悪化

4月~7月までの期間、そのときは休もう、と思っていたからか好きなことはできた。

ご飯も食べられたし、夜もわりと眠れた。朝は起きられなかったが。

昼間は本を読んだりゲームをしたりして過ごしていた。

 

しかし9月再び仕事を辞めてから、それもできなくなっていた。

眠れない。起きられない。食べれない。集中できない。やる気が出ない。

 

好きな事にすらやる気が出ないなんて。

 

絶望だった。

 

何をして過ごせばいいのか。

 

何もない1日が苦痛だった。

 

時間の流れがゆっくりに感じた。

 

涙も出なかった。

 

ただただボーっと1日が過ぎるのを待つ。

 

何も考えたくなかった。何かで気を紛らわせたかった。でも何もできない。

 

自然と思考は悪い方へ流れていく。

もう働けないんじゃないか。このまま引きこもりになってしまうのか。こんな日々に何の意味があるのか。私が存在している価値はあるのか。もう死ぬしかないんじゃないか。

 

母は昔より優しくなっていた。昔の母なら復帰を急かしただろうが、母も一度軽いうつ状態に陥って、それからは優しくなった。母は何も言わなかった。でもそれがありがたかった。

勿論友人たちにも連絡は取らなかった。

 

誰からの「大丈夫」も「頑張って」も聞きたくなかった。

 

悪化からの回復

回復し始めたきっかけは、オタクらしい出来事だ。

 

日々無為に過ごしていた。

パソコンをつけるのもおっくうで、スマホでただただツイッターを眺めていた。

そんな中あるツイートが流れてきた。

 

銀魂が最終章に入る」

 

全力で頭に?!が飛び交った。嘘だろ、と思った。

 

銀魂はアニメからハマり、漫画を買って読んでいたが、大学を出るときに売ってしまっていた。銀魂はギャグ漫画だ。訳アリな過去をそれとなくチラつかせておきながら、「これって打ち切りじゃないのォ?!」みたいなノリで終わるんだろう。勝手にそう思っていた。

 

それが、最 終 章。

 

ツイートを検索する。銀さん達の過去が明らかになったことが書かれている。

 

「知りたい」と思った。「読まねば」と思った。

 

そこからは銀魂漬けの生活となった。漫画は中古の全巻セットを購入し、dアニメストアでアニメを最初から見始めた。

昼夜逆転になりそうだったが、そこは気を付けた。夜9時には止めて、布団に入るようにした。

朝は相変わらず起きられない。昼頃に起きてきて、朝母が用意してくれていったご飯を食べ、ひたすら銀魂を読む。見る。

そのときはdアニメストアには4シーズンまでしか配信されておらず、銀魂’は見られなかった。

もう完全に銀魂に中毒になっていた。

意を決して外に出た。近所のツタヤへ、DVDを借りに。

 

そこからだんだんと回復していった。

 

徐々にお腹が空くようになっていった。

徐々に朝起きられるようになっていった。

徐々に夜眠れるようになっていった。

 

母もそれを感じ取ったのか、「最近どう?」と聞いてくるようになった。

もう嫌ではなかった。「食べれるようになった」「わりと調子良い」と答えていた。

 

それから

調子も良くなってきたし、何か資格を取ろう、と思ったのだが、そこまでは回復していなかったらしい。

 

好きな事には集中できるけど、そうでないことには集中できない。

漫画は読める。アニメも見れる。ゲームもできる。

でも勉強はできない。

 

まだダメだったか。

でも、そんなに落ち込まなかった。

同じ轍を踏まないようにしなければ、と思っていた。

 

 せっかく快方に向かっているのだ。また悪化させてはいけない。

 

無理をしてはいけない。焦ってはいけない。

 

またあの無為な、何もない日々には戻りたくなかった。

 

そして2017年の4月、家族の都合で地元を離れることになった。

いろいろ考えて、一人暮らしをすることにした。

実家暮らしだったので貯金がそこそこ貯まっていたし、都会なら良い病院もあるだろう、と思ってのことだった。

 

今考えるとよく一人暮らしをするという決断をしたなぁと思う。

 

うつで、一人暮らしで、また悪化したら、どうするつもりなのか。

 

実際引っ越してから、パートを始めたが、すぐ行けなくなった。

電話越しに平謝りし、退職届を郵送で出してくれればいいから、と先方は言ってくれたので、すぐ退職した。

それからまた眠れない起きれない体がだるい、となってぐだぐだな日々を送っていたが、カウンセリングにはちゃんと行かねば治らない、と何とか頑張って病院にだけは行っていた。

そのうち余裕が出てきて夜眠れるようになり、昼間行動できるようになり。

 

現在こうして、興味のある資格の勉強をゆるゆるとしながら、ブログを書いている。

 

これから

とりあえず資格を取ることが最優先だ。

勉強することに慣れなければいけないと思い、別に仕事につながらなくてもいい、好きな事について学ぶことにした。

貯金はまだあるし、ありがたい事に親からも援助を受けている。

こんな年になってもまだ親のスネをかじるのか、という感じだが、気にしてはいけない。

頼れるものには全力で頼らせていただく。

 

自分自身を最優先にする。

 

そうでなければ、治らない。

 

そう思っているので、親のスネにかじりついたままもうしばらく過ごしていく予定。

資格の勉強を書きつつ、ツイッターに呟きつつ、ブログに戯言を流しつつ。

そんな感じで生きていきますので、何卒よろしくお願いします。